バルカン半島7か国周遊旅行 7日目 ボスニア・ヘルツェゴビナ観光:サラエヴォ〜ヴィシェグラード
●ゴールデンウィークにバルカン半島7か国を10日間で巡るツアー旅行へ。長編その7。
ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボと、小さな町ヴィシェグラードへ。
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バルカン半島7か国周遊旅行 目次
- バルカン半島7か国周遊旅行 1日目 羽田空港を経由〜ブルガリアのソフィアへ
- ゴールデンウィークにツアー旅行でバルカン半島の7か国を10日で周遊
- 今回行った国々について
- 1日目 伊丹空港から羽田空港に到着〜ミュンヘン空港へ
- 1日目 ミュンヘン空港〜ソフィアのMarinelaホテル到着
- バルカン半島7か国周遊旅行 2日目 ブルガリア観光:ソフィア〜ブルガリア正教の総本山・リラの僧院
- バルカン半島7か国周遊旅行 3日目 コソボ観光:プリズレン散策〜デチャニ修道院
- バルカン半島7か国周遊旅行 4日目 北マケドニア観光:スコピエ〜オフリド
- バルカン半島7か国周遊旅行 5日目 アルバニア観光:ベラト〜ティラナ
- 5日目 ベラト観光:聖ビトリ大聖堂前広場〜歴史地区眺望〜ベラト城
- 5日目 ティラナ観光:Kalaja e tiranes familja toptani〜復活大聖堂〜スカンデルベグ広場〜マザーテレサ広場
- バルカン半島7か国周遊旅行 6日目 モンテネグロ観光:ポドゴリツァ〜オストログ修道院〜タラ渓谷
- バルカン半島7か国周遊旅行 7日目 ボスニア・ヘルツェゴビナ観光:サラエヴォ〜ヴィシェグラード
- バルカン半島7か国周遊旅行 8日目 セルビア観光:ベオグラード〜ノヴィ・サド
- バルカン半島7か国周遊旅行 9日目 ベオグラード・ニコラ・テスラ空港〜帰国
タイトル | 旅行日時 | 国・地域 | 地名 | 旅行先・観光したもの | メンバ ー |
備考 |
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バルカン半島 7か国周遊旅行 (長編) 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 8日目 9日目 |
2019/04/24 〜05/03 |
ブルガリア | ソフィア | アレクサンダル・ネフスキー寺院、 聖ペトカ地下教会、ボヤナ教会 |
1人旅 | 10日間 羽田空港発 ツアー利用 世界遺産巡り バス移動 GW時期 |
リラ | リラの僧院 | |||||
北マケドニア | スコピエ | スコピエ城、マケドニア広場、マザーテレサ記念館 | ||||
オフリド | 古代劇場、サミュエル要塞、聖ヨハネ・カネヨ教会 | |||||
コソボ | プリズレン | スィナン・パシャ・ジャミーア、聖母大聖堂 | ||||
デチャニ | デチャニ修道院 | |||||
アルバニア | ベラト | 聖ビトリ大聖堂前広場、 歴史地区眺望、ベラト城 |
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ティラナ | Kalaja e tiranes familja toptani、復活大聖堂、 スカンデルベグ広場、マザーテレサ広場 |
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モンテネグロ | ダニロヴグラード | オストログ修道院 | ||||
プリエプリャ | タラ渓谷眺望 | |||||
セルビア | ベオグラード | カレメグダン公園、 ユーゴスラビア歴史博物館、聖サヴァ教会 |
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ノヴィ・サド | カトリック大聖堂、セントジョージ大聖堂 | |||||
ボスニア・ ヘルツェゴビナ |
サラエヴォ | サラエボ事件現場、バシチャルシャ | ||||
ヴィシェグラード | アンドリッチグラード、ソコルル・メフメド・パシャ橋 |
7日目 サラエボ観光:サラエボ事件現場〜旧市街バシチャルシャ
ボスニア・ヘルツェゴビナはヨーロッパ的要素とイスラム的要素が混じり合う多層的な文化を有する国。
サッカーでは日本代表監督を務めたイビチャ・オシムやヴァヒド・ハリルホジッチの出身地として知られます。
翌朝、ホテルを入り口から入り直してみました。
変わった構造のホテルで、客室も探しにくいし、夜は宿泊客以外も訪れて賑やかです。落ち着かない。
昨日と同じレストランで朝食。
品揃えはまあまあ豊富。中国人団体客もいました。
しかし飲み物も食べ物もあまり美味しくない。今回のホテルの朝食では一番ショボイかも。
今日はまずサラエボを観光。少し雨降ってました。鉄道が走ってますね。
旧市庁舎前から歩きます。雨で川の水が濁っていました。
川沿いに進み、第一次世界大戦の勃発につながったサラエボ事件現場近くに架かるラテン橋へ。事件現場は博物館になっています。
ラティンスキー橋こと、ラテン橋自体は小さいですね。
サラエボ事件の後、ユーゴスラビア時代にプリンツィプ橋と改名されたものの、
ユーゴスラビア紛争後元の名称であるラテン橋に戻されたそう。
事件現場の博物館には、当時の様子が写真で紹介されていました。
ここが事件現場である事を示すプレートも。まさに歴史が動いた現場。
歩いてホテルヨーロッパへ。
ホテルの側には遺跡の一部が保存されています。
暗殺されたオーストリア大公は、このホテルヨーロッパに泊まろうとしていたのだとか。ほんまかな。
歩いて旧市街方面へ移動。このあたりはバシチャルシャと呼ばれる旧市街中心地の職人街だそう。
大きなモスクですね。入り口には体を清めるための蛇口があります。
猫がいましたが、顔に何やらゴミがひっかかっていたので、撫でるのは控えました。
このあたりはお土産屋が多いエリア。
ユニフォームを売る店。オシムの名前を出し日本人だと告げるとチームフラッグのレプリカをくれました。
午前中で雨も降っているので人通りは少な目。
サッカーバーっぽいのもありますね。やはりサッカーが人気の土地柄なんでしょうか。
7日目 ヴィシェグラード観光:アンドリッチグラード〜ソコルル・メフメド・パシャ橋 セルビアのホテル到着
バスに乗りサラエボを出発。ガソリンスタンドはもう、どこも同じに見えるな。
ヴィシェグラードはセルビアとの国境近く、ドリナ川沿いにひっそりたたずむ町。
町のシンボル、ソコルル・メフメド・パシャ橋は、オスマン帝国の建築水準の高さを例証する産業遺産として世界遺産に登録されました。
ヴィシェグラードのレストランに到着。なんとレストランのテレビでは日本の令和開始が報じられていました。これには我々全員歓喜。
前菜はマッシュルームスープ、メインはマスのグリル。味は普通。
デザートはケーキ。このベリーっぽいものが日本人には好みが分かれるかも。
昼食後、町を歩き、アンドリッチグラードへ。入り口ではロマの少女がお金を求めていました。
アンドリッチグラードは旧市街を再現したかのような複合施設で、最近できたもの。
再現されたものであると分かると、ちょっと魅力は半減か。雰囲気はいいんですけどね。
これは映画館だそう。ゴジラが放映されるようでした。看板に大きく写っている人物はサラエボ事件の暗殺者だそう。
ノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチの像。彼がこの街の橋を有名にし、世界遺産登録につながった。
奥にはニコラ・テスラの像。ベオグラードの空港名であり、エジソンのライバルでもあった。
奥の教会も造られたものなのかな?
そしてここから川越しに見えるのが、世界遺産のソコルル・メフメド・パシャ橋。
反対側には遊覧船。といっても小型のもの。人は多少乗ってるようです。
この街でよく見かける壁の絵。描かれているイヴォ・アンドリッチこそがこの街の代名詞。
この像は誰だろう。
橋の方向へ、川沿いを歩いてきます。
飼い犬が繋がれていました。この国に入ってからはもう野犬は見かけません。
ソコルル・メフメド・パシャ橋に到着。
橋の中央にある碑。そして反対側は小さな展望所。
下まで結構な高さがあります。イベントなどには、女性の注目を集めるために男性が飛び込むこともあるらしい。
素材としては石灰石が使われていそうです。
川は大きいですが、町は小さいですね。
橋のたもとからのアングルも悪くない。
急に観光客が増えてきました。どうやらセルビアから団体がやってくるらしい。
バスに乗り込み、最後のセルビアへ国境越え。旅券にコソボスタンプあるのに入国できるのがツアーのよいところ。
トイレ休憩のガソリンスタンド。セルビアの物価は他と比べ高いですね。日本と大して変わらない商品もある。
ベオグラードまではかなりの移動距離。移動途中のバスの中で日本時間の5月1日0時の令和を迎えました。
途中立ち寄ったガソリンスタンドにトイレがなく、さらにもう1件寄りました。
またもや道に迷ったため、レストランの到着が遅れました。前菜はサラダ。
メインは鶏肉のグリルとポテト。これは美味しかった。デザートはケーキ。
今日のホテルはハイアットリージェンシー。なかなか泊まれない高級ホテルに2連泊です。
部屋も広く、さすがの快適さ。
最終日によいホテルを持ってくるというわけですね。
バスルームも広々。バスタブとシャワールーム両方あり。
窓からの景色は殺風景。高級ホテルなどが立ち並ぶエリアではあります。
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